超訳・放射能汚染1〜疫学が示す「年間100mSv未満は大丈夫」

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超訳放射能汚染1〜疫学が示す「年間100mSv未満は大丈夫」シェア2011年4月24日● 「安全」か「低減必須」か―矛盾する情報

 福島第一原子力発電所の事故による食品の放射能汚染は、人体にどれほどの影響を与えるものなのか?
 模範解答は、「暫定規制値以下であれば安全。規制値を上回る高濃度汚染の食品には出荷規制がかけられているので出回らない」。新聞にはそう書いてある。でも、そう簡単に答えられない人も多いはず。なぜならば、前回書いたとおり、一方で「食品中の放射性物質は、本来、可能な限り低減されるべきもの」とも言われるからだ。注意深い人は必ずここで引っ掛かっている。「じゃあ、規制値を下回っていても、やっぱり危ないってことだ」と、多くの人たちが思っている。

 だが、それは口に出せない。だって、そんなことを言ったら、「風評被害を助長するのか」と袋だたきに遭いそうだから。

 納得できていないのに、「怖い」と言えないのは、それはそれで恐ろしい風潮だ。今の「安全だ」「福島産を食べましょう」しか言えない社会は、中国産冷凍餃子事件の直後、わけもわからずみんなが「中国産は危険だ」と言っていたのとまるっきり同じ。私にはそう見えてしまう。

 だから、説明しようと思う。国や科学者がきちんと説明してくれないのなら、私が勝手に通訳を買って出てしまおう。実は、科学者の中には言葉を尽くして説明しようとしている人や研究機関もあるのだが、情報が一般の人たちになかなか届かない。

 私が思いきって “超訳”して、多くの人におおまかに把握していただき、さらに細かいところは自分自身で調べてもらいたい 。
 さて、どれくらいできるか? 農薬や食品添加物の解説に比べるとはるかに難しいが、とにかく書いてゆきます。超訳なので、私の主観も入り交じるが、出典を書きますのでお許しを(4月19日のコラムで「明日から」と書いていたが、諸般の事情により遅れてしまった、すみません) 。

 次の順に書く予定。ご意見がありましたら、info@foocom.netにメールください。

(1)年間100mSv未満であれば大丈夫〜たくさんの人を対象に統計的に調査する「疫学」から言えること
(2)放射性物質の摂取、放射線の曝露はなるべく少ない方がいい〜放射性物質は、DNAを傷つける遺伝毒性発がん物質であり、毒性学に基づきこう言われてきた。しかし、この考え方は今、大きく変わりつつある
(3)厳しい基準はどこから〜食品安全委員会の「緊急とりまとめ」経緯
(4)リスクのトレードオフに要注意〜放射性物質にばかり気を取られていると、知らぬ間に別の大きな問題が…
(5)リスク軽減の社会的コスト〜そのリスクを小さくするのに、いったいいくらを費やすの?
(6)「リスクを少々我慢」で得られるベネフィット〜自分の利益、だけでなく、社会の利益、他人の利益も考えよう

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● 疫学から出てきた「100mSv未満なら大丈夫」


 まず、「暫定規制値以下なら安全」と「できるだけ摂取するな、被曝するな」の矛盾の解説から。それには、上記(1)(2)の「疫学」の見方と「毒性学」の見方の両方を知ってもらわなければならない。まずは、疫学について説明しよう。

(1)100mSv未満であれば大丈夫〜たくさんの人を対象に統計的に調査する「疫学」から言えること

 疫学とは、「疾病の罹患など健康に関する事柄の頻度や分布を調査し、その要因を明らかにする科学研究」である。
 個人のおかれた環境や食生活等と疾病に関するデータを数多く集め統計的な解析を行うことで、疾病の原因を探って行こうとする学問だ。人で実際に起きていることを把握する研究だから、その結果の重要性は、細胞や動物を使った実験結果の比ではない、とも言える。

 ただ、調査対象人数が少なかったり、質問が不適当だったりすると、間違った結果が出てくる場合がある。本当はリスクがあるのに、リスクを検出できない場合もある。また、「○○という行動をしていた人たちは、発がんリスクが高い」という相関関係が出てきたとしても、それは偶然の一致の可能性もあり、別の要因がからんでいる場合も多く、「○○という行動ががんの原因」とは言いきれない。ほかの疫学調査や実験なども考慮に入れて検討する必要がある。

 放射線の影響については、原子爆弾の被害者や1986年のチェルノブイリ原発事故などの症例を基にした研究があり、原発で働く労働者などを対象にした数多くの研究結果もある。
 また、地球は場所によって、自然から受ける放射線量が異なり、日本は年間放射線量が1mSvを下回るところも多いが、世界の平均は2.4mSv、高いところでは10mSvのところもある。この高自然放射線地域に住む人々の調査も行われている。

 大人数を対象としたこれらの疫学調査で分かってきたことはまず、事故などにより一度に数Svというような大量の放射線を浴びると、どの人も死亡などの深刻な影響を受ける、ということ。しかし、放射線量が少なくなってくると、がん以外の健康影響は見られなくなり、人によって影響が出たり出なかったり、となって「発がんの影響はどの程度」ということが分かりにくくなってくる。

 とはいえ、「100mSv以上であれば発がんリスクがわずかに上がる」というところでは、大多数の疫学者の意見が一致している。わずかに、というのは具体的には0.5%。つまり、1000人のうち5人が、年間100mSv以上の放射線を浴びることが原因でがんになる、ということだ。

 こう書くと、「大変だ」という印象になるが、日本人の4〜5割は一生のうちに1度はがんにかかるので、1000人中500人ががんにかかるのが、年間100mSvの放射線により1000人中505人に増える、ということになる。

 もとの500人のがんの原因は、タバコであったり自然放射線であったり紫外線であったり食品中に含まれる発がん物質であったり、とさまざまだろう。がんは、細胞中のDNAの損傷がきっかけとなる。

 余談だが、食品中の発がん物質と書くと「農薬か、食品添加物か」と多くの人が思ってしまうけれども、これらは、「DNAを傷つけるタイプの発がん性は持たない」ということが確認されている。むしろ、カビ毒や加熱調理によって生成する発がん物質等がDNAの損傷を引き起こす。

 話を元に戻すと、事故などが原因の100mSvの放射線被曝では、0.5%の発がんリスクの上乗せが認められる。そして、被曝量が増えると、それに比例してがんリスクも上昇する。しかし、放射線被曝が100mSvよりも少なくなると、リスクの上昇を見出せなくなってしまう。これは、もうがんは起きない、つまり発がんリスクゼロを意味するのではなく、ほかのさまざまな要因や個々人の生活習慣の違いなどによるがん化の影響が大きいために、自然放射線を除く“追加”の放射線被曝の影響はもはや区別できなくなり、隠れてしまうのだ。

 隠れてしまうようなリスクは、あったとしても非常に小さなものなので、現実の生活の中では無視できる。
 こうしたことから、「年間100mSv未満の放射線被曝は、実際上影響なし」とする。これが現在の疫学者の大多数の結論である。

● 現状の汚染は、年間100mSvにはほど遠い

 では、現在の汚染の程度はどうなのか? 文科省のモニタリングデータを見ると、原発から約30km離れた浪江町で4月20日、40μSv/時を超える地点があった。印象としてはかなり高い。同町では、3月23日から27日間の積算値で18.94mSvになった地点があるという。100mSvには至らないが、もし住み続けるとかなりの量を被曝してしまうことが分かる。

 野菜の汚染では、これまでに放射性ヨウ素が15020Bq/kgという高汚染のホウレンソウが見つかっている。BqとSvの換算式はまた別の機会に説明したいと思うが、これを計算するとこのホウレンソウを1kg食べることによりその後の50年間で0.24mSvを被曝することになる。

 たしかに高いが、100mSvにはほど遠いことも理解できる。設定されている暫定規制値は500Bq/kgや2000Bq/kgなど安全側に立った厳しい数値であり、暫定規制値以下であれば被曝は小さい。

 被曝は、空気や土壌などに含まれる放射性物質による外部被曝、食品や空気として体の中に取り込んだ放射性物質による内部被曝の双方を合わせた線量について、検討しなければならない。現在のモニタリングデータからは、警戒区域、避難区域以外で、暫定規制値を下回った食品を食べていれば、被曝量は100mSvにはかなり遠い。そのため、科学者たちは「健康影響は懸念しなくていい」と言っている。

●こまかしはないか?

 でも、でも、である。なんだかごまかされたような気がしないか?
 「微量の放射線のリスクを区別できないとか、ほかの要因があるからわからない、なんて、単なる調査不足でしょう。そのことを棚に上げて安全だ、なんてとんでもない」と思う人がいるのでは?

 そうではない、と私は考える。100mSvよりも少ない放射線被曝がもたらす小さなリスクは、最低でも10万人以上の人々を10年以上にわたって調査しないと、なにも言えない、示せない。しかし、事故にしても原発労働者の調査にしても、10万人を超える人たちが年間数十mSvもの放射線を被曝するような事例はそうそうあるものではない。
 少なくとも、チェルノブイリの事故は該当するが、その調査結果は「100mSv未満の放射線被曝ではがんリスクの上昇は見られない」である。

 次には、大勢の人たちにこんな疑問が湧いてくることだろう。「大人はそうかもしれない。でも、子どもはどうなんだ? 子どもは大人よりも弱いはず」。チェルノブイリ原発事故では、約10万人の青少年が300mSv以上の甲状腺被曝を受けたと見られており、甲状腺がんが増加した。調査により、がんにかかった人たちの約4割は、放射線被曝が原因とみられている。
 しかし、チェルノブイリの子どもを対象にした疫学調査でも、100mSv未満の被曝による影響は見えてこない。おそらくそれほどリスクは小さく、ほかのがん化要因にかき消されてしまう、ということだ。

 なお、妊婦のお腹の中にいる胎児については、大人よりも弱い放射線で影響を受けやすく、特に妊娠初期は奇形、死亡など影響を生じることが分かっている。ただし、少なくとも100〜200mSv以上の被曝がないとこれらの影響が出ないと、チェルノブイリ原発事故等の調査結果等に基づいて考えられている。

 ただ、妊婦や子どもなど弱い人への影響を考えるべき、とする姿勢は重要だ。そのため、疫学的な見解の大多数が「100mSv未満は、実際的な健康影響はない」であるとしても、そのまま100mSvという数字を元に規制措置を講じるようなことは、どの国際機関も勧めていないし政府機関もしていない。
 規制のもとになる数値をさらに低くし10mSvとしたり5mSvとしたり、という措置が講じられている。

●なぜ、安全と言いきってくれないのか

 さて、ここまで書くと、多くの人がこう思うはずだ。「だったら、『100mSv未満だったら安全です。なんの心配もいりません』と宣言してほしい。妊婦や子どものことを考えて、『5mSv未満は安全です』でもいい。とにかく、数字を出して言いきってほしい。科学者がぐだぐだ言うから、世間は混乱する」と。

 でも、科学者はそれができない。なぜならば、ここに(2)の遺伝毒性のある発がん物質を巡る論争、毒性学で決着のついていない大きな問題がからんでくるからだ。
 次回、この論争を詳しく説明したい。建前と本音のところで、科学者も困っている。