「命が大切」というのは正論。しかし、その犠牲になるのもここの住民なんです――飯舘村・菅野典雄村長

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「命が大切」というのは正論。しかし、その犠牲になるのもここの住民なんです――飯舘村菅野典雄村長(1) - 11/04/18 | 17:44

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 東京電力福島第一原発から北西に半径30〜50キロ圏にある福島県飯舘村原発事故からの放射能漏れが原因で、高い放射線量が検出されていることから、政府は同村を非難指示区域に指定、計画的な村民退避を要請した。この要請や政府の対応を、地元の首長はどのように受け止めているのか。飯舘村菅野典雄(かんの・のりお)村長(写真左)にインタビューした。

――4月16日に福山官房副長官、17日には枝野官房長官(写真右)が飯舘村を訪れたが。

 この村を計画的避難地域にするので協力してほしいという主旨だった。それに対して、私たちはあらかじめ、要望項目を政府に上げて、よい回答をもらえることを待っていた。16日にはその説明があった。よい回答もあったが、残念ながらゼロ回答のものもあった。

 政府が言っている「全力を挙げます、責任を負います」という言葉は、いったい、どうなんでしょうか。何をどう全力でやるのか、その責任とはどういうものなのか、ということが残念ながら詰められなかった。

――政府は計画的避難を打ち出したとき、避難の受け皿など何も考えていなかったのか。

 何も考えていないですよ。いわゆる、国会議員、学者、マスコミ、国民、結局、みんな、「命が一番だよな」という問いに対して、「いや、違う」と言える人は誰もいない。そういうことに敏感に反応し、政府として何かをやらなければならない、ということになったのが計画的避難措置なのだ、と私は思っている。

 だけど、近ごろ、何人かは気づいてくれている。結局、同措置に伴って、ものすごいリスクがあることをです。しかし、「命を大切に」という話に対して、もっと別の角度からの考えが必要、という人は誰もいない。そして、移動しなくてもいい地域までどんどん移動させられる。


 避難措置に伴う経済面、生活面、精神面、子どもへの影響など、大変に心配です。職場などは全部がらがらぽん。ほとんど倒産します。健康も悪化する、精神的にもおかしくなる。子供にも大きな影響を与えます。

 よく考えてください。そういうリスクと、いまうちの村にいて、たとえば放射線を相対的に多く浴びる中にいて、実際に被害が出るリスク。天と地ほどの差があるのではないですか。

 「命が大切」と言ったり書いたりしていれば、誰からも非難されない。しかし、その犠牲になるのはここの住民なんです。

 なぜ、それを言ってくれないのでしょうか。「放射線濃度の高い地域だ」「なぜ、そんなところから避難させないんだ」という。あるいは、そこまで書かなくても「大変なところだ」という話ばかりです。農業、畜産から離れるリスクに目を向けてくれる人はいるのでしょうか。

 もちろん、乳幼児、子どもや、あるいは、村の中でも放射線濃度の高い地域の人たちがそれでいい、ということではない。私たちは、それらの対策はすべてやっています。

 震災後、村にいるのは少ない人数でしたが、その後、戻ってきています。今は、およそ8割の人たちが戻ってきている。そこで、子供たちは隣の町の学校までバスで送迎するという仕組みを組み立てましたが、今回の措置によって、子どもたちはまた、転校しなくてはならない。子どもたちをこんなに犠牲にして、何千人もの人たちを路頭に迷わせる。

 これは、補償金がいくらという話ではないです。

 全村避難が長期化すれば、村は完全に終わりです。この村は20数年前まで「冷害の村」「初霜が降った」「マイナス15度になった」と、そんな悪いことでしか紹介されなかった。



 そこから20数年間、村民が努力して、いまでは、ありとあらゆる人たちが「いい村だね」といってくれるようになった。みんな、こつこつと働いてきた。県外でも高い評価を得られるようなった。

 しかし、今回の避難措置によって、それらはゼロになる。いや、マイナス何十にもなってしまう。起き上がれぬくらいのダメージを受ける。それは、他の地域に比べて、たかだか射線線濃度が少し高い、という話のなかで、基準値を20ミリシーベルトに突然引き下げて、それを超えるから避難せよ、という話によってです。それと村を守ることと、どちらが大事なのだというのでしょうか。

――政府には提言を行っていると。

 私たちは、(4月の始めから)政府に提言書を出したりして、なんとか、避難措置は避けようと一生懸命にやってきた。しかし、やはり、東京ではわからないんでしょうか。私たちも、一生懸命にやってもらっていることはわかるんですけど、その考え方があまりにも一辺倒ですし、もっと総合的に、国民の心として暮らしをきちんとみたうえで考えてほしかった。

――福山官房副長官、枝野官房長官が来村する以前に、政府関係者がこちらの要望をきちんとヒアリングしたことはあったのですか。

 それはゼロです。こちらは提言、要望を出しましたけどね。

――一方通行ということ?

 そうです。枝野幹事長の記者会見の話が、計画的避難という危ないほうに向いてきたな、とドキドキしながらも、そうならないようにと、いろいろなことをやってきたのですけどね。







 「命が大事」ということは誰だってわかっている。私もそう思っています。当たり前の話です。しかし、それだけではないでしょう、とちょっとでも異を唱える人は誰もいなかった。責められたくないからでしょう。
 
 私は責められています。毎日のように「殺人者」などと書かれたメールがいっぱいくる。これだけ騒がれているにもかかわらず、何ら避難措置などを発令していないから。

 しかし、たとえば、他の自治体では、どんどん措置を発令して、その結果として、いま、住民の居住地などを把握することが困難化し、にっちもさっちもいなかなくなっているところもある。

 昨日も、福山官房副長官に「非難命令に従わなければ、罰則規制があるか、とたずねたら、「罰則規定はありません」ということだった。そうなんでしょうね。

 当初、累積放射線量は年間100ミリシーベルトまでは大丈夫ということだった。ましてや、政府は計画的避難地域の導入に合わせて、この地域の累積放射線量の基準値を事故発生から1年間で50ミリシーベルトから20ミリシーベルトに下げました。この措置は、この村を避難地域に入れたいためだったとしか思えない。「1年間で20ミリシーベルトを超えるから、この村から出なさい」という理屈を作るため、ということです。そうなったのは、みなさんがたが政府を責めているからでもある。

 みなさんの声が、早く住民を地元に戻すべきである、というように変わるようにと信じています。

――今後の対応は?

 当面は、避難先を探して、できるだけ濃度の高いところにいる住民、子どもがいる家庭を率先して他の地域に避難させていく。村を離れれば仕事を失うが、なんとも仕方がない。そうでしょ。



――政府にはどのような提言をしてきたのか。

 いま、基準値20ミリシーベルトという水準を維持する方向で、この地域にある程度の村の部分を置きながら、安心なところに住んで、村に通える、という方法はないかと提言しているんです。たとえば、工場のなかは0.2ミリシーベルトです。避難ということでも、そういう方法はあったのではないですか。

 また、この村の土壌が汚染されている、ということがずっと話題になっています。であれば、土壌改良の実験をこの村に入れてみなさいと。そのために、飯舘村をそのための国家プロジェクトの地域に指定せよ、と言っているのです。避難指定するのではなくて、そこに住みながら――もちろん、出る人もいますよ――土壌改良するための大型プロジェクトを入れてみろと。原発事故で危ないから、ただ逃げろということだけであれば、愚策になってしまう。

 いずれ、原発事故の影響を受けた市町村では必ず、騒ぎになります。みんな、不安なわけですから。とてもこんなところにいられない、とかね。、そうならないためにも、この村を使ったらどうだ、と提言しました。ところが、「実験」といったら、あるところから、「住民をモルモットにするのか」と。それはまったく意味が違う。

 そういう提言をどんどんしているのだけど、政府はまったく聞く耳を持たないようです。実証実験するのが日本として大事であるにもかかわらず、です。「原発はダメだ」と否定して、生活ができるわけではないのに。
(浪川 攻 =東洋経済オンライン)