100mSvという数字は安全か?について。

http://bioinfo.tmd.ac.jp/~niimura/100mSv.html


100mSvは安全か?

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政府は呪文のように、「ただちに人体に影響の出るレベルではない」を繰り返している。確かに、今回の事故によって、周辺住民がめまいや嘔吐、髪の毛が抜けるといった急性症状に見舞われることはない。しかし、それでは長期的な影響はどうなのか、ということが問題である。
マスコミは口をそろえて、「100ミリシーベルト以下の被曝ならば健康への影響はない」と言っている。
その根拠は、おそらく放射線医学総合研究所の次のコメントである。
http://www.nirs.go.jp/information/info.php?116
また、放射線医学総合研究所によれば、妊婦であっても、100ミリシーベルト以下ならば心配する必要はないという(注)。
http://www.nirs.go.jp/information/info.php?i4
本当だろうか?

実は、日本の法律では、一般人が年間に浴びてよい人工放射線量は年間1ミリシーベルトと定められている(自然放射線と医療放射線を除く)。つまり、現在政府が主張している値のわずか百分の一である。
レントゲン技師などの放射線業務従事者では年間50ミリシーベルト、5年で100ミリシーベルトである。しかし妊婦の場合は、たとえ放射線業務従事者であっても、妊娠中(1年弱)に晒されてよい放射線量は1ミリシーベルトである。

福島第一原発から60km離れた福島市において、水素爆発から10日後の3月25日の放射線量は、1時間あたり4マイクロシーベルト(0.004ミリシーベルト)を超えている。
http://www.pref.fukushima.jp/j/
すると、1日あたり0.1ミリシーベルト弱になるから、10日で基準値を超えてしまう!
24時間屋外にいるわけではないから、実際の被曝量はこれよりも少ないだろう。
しかし、水素爆発のあった3月15日の17時から3月16日までは1時間あたり20マイクロシーベルト程度であり、16日までの積算の放射線量だけでも年間限度量の半分、0.5ミリシーベルトを越えている。
これは大気からの被曝量だけであり、汚染された水や食料からの内部被曝は考慮されていない。むしろこちらの方が影響が大きいと考えられるが、内部被曝に関するデータはさらにはっきりとしない。
福島市でこの状況であることを考えると、限度となる1ミリシーベルトを超えて被曝している人はすでに何十万人もいると考えられる。

1999年に起きた東海村のJCO臨界事故では、16〜20シーベルト以上および6〜10シーベルト中性子線を浴びたと推定される作業員2名が亡くなっている。
今回はまだそのような事態は起こっていないから、JCO臨界事故はとても大事故だったように感じられる。
しかし、JCO臨界事故において、限度である1ミリシーベルトを超えて被曝した人は、112名なのである。
http://www.nuketext.org/jco.html
このことからも、今回の事故がいかにケタ違いに深刻な事態であるかが分かる。

環境からの自然放射線は1年あたり2.4ミリシーベルトである。
http://www.rerf.or.jp/index_j.html
繰り返すが、一般人に許容されている被曝量は、それにプラス1ミリシーベルトである。
しかし、放射線業務従事者でないのに、この規定の外側にいる人たちがいる。それは、航空機のパイロットや客室乗務員である。

東京〜ニューヨークを飛行機で往復したときに被曝量は、0.2ミリシーベルトである。パイロットや客室乗務員は、平均して年間に3〜4ミリシーベルト被曝する。
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2005/08/23_50c7.html
パイロットや客室乗務員を対象とした疫学的な調査が行われている。それらの研究によれば、パイロットや客室乗務員は、そうでない人に比べ、乳癌や皮膚癌のリスクが有意に高いことが報告されている。
http://www.nirs.go.jp/research/jiscard/information/04.shtml
これらの研究にはまだ議論の余地がある。しかし、年間数ミリシーベルトの被曝量は、政府の主張する100ミリシーベルトの20分の1以下にすぎない。このレベルでも健康への影響が懸念されているのである。

人体に対する放射線の影響を調べるには、体重や寿命が全く異なるマウスなどを使って動物実験を行っても意味がない。そのため、不幸にして被曝してしまった人たちのデータを用いるほかない。
ヒロシマナガサキ被爆者のデータから、1シーベルト被曝すると、発癌率は1.5倍上昇することが推定されている。
http://www.rerf.or.jp/index_j.html
被曝量が100ミリシーベルト程度の場合には、被曝量と発癌率の関係はよく分かっていない。なぜかというと、僅かな発癌率の差を統計的に検証するためには、非常に多くの人について調べなければならないからである。
そこで一般的には、発癌率は被曝量に比例すると考える。発癌の分子的なメカニズムからして、この仮説が妥当と考える根拠がある。
そうすると、100ミリシーベルトの被曝量では、発癌率は1.05倍増えることになる。

しかし、被曝量が少ないときには発癌率は急激に上昇し、被曝量が増えるにつれて上昇率がにぶってくるという考え方もある(横軸に被曝量、縦軸に発癌率をとると、上に膨らんだ曲線を描く)。これは、集団中には癌に対する感受性が非常に高い人がいるためとか、被曝量が増えるにつれて発癌に対する耐性ができてくるとか、いくつかの理由が考えられる。
http://www.pnas.org/content/100/24/13761.short
上の論文(Brenner et al. (2003, PNAS))によれば、 ヒロシマナガサキ被爆者のデータに対しては、比例モデルよりも、むしろ上に膨らんだ曲線のモデルのほうがよく当てはまるという。すると、100ミリシーベルトの被曝に対する発癌率の増加は、1.1倍に増える。

Cardis et al. (2005, BMJ) は、原発核兵器製造施設で働く人に対する疫学的調査を行っている。
http://www.bmj.com/content/331/7508/77.abstract
これは、15カ国、40万人以上を対象とした大規模な調査である。40万人のうち、90%以上は積算(人生全部)の被曝量が50ミリシーベルト未満であり、1人あたりの平均積算被曝量は19.4ミリシーベルトである。
この論文によれば、被曝量が100ミリシーベルトの時、白血病以外の癌の発症率はやはり1.1倍と見積もられている。また、白血病の発症率は、100ミリシーベルトで1.19倍となる。
注意すべきことは、上の論文で調査された人たちの大部分(90%)は男性であり、もっと影響が大きな子供は調査に含まれていないということである。

100ミリシーベルトを被曝したときに発癌率が1.1倍になるとは、どういうことだろうか?
日本人のうちの30%が癌で亡くなるとすれば、100ミリシーベルトを被曝した人の集団については、33%が癌で亡くなるということである。
つまり、仮に10万人が100ミリシーベルトを被曝したとすると、被曝がなければ死ななかったはずの人が(10万×0.03=)3000人死ぬことになる。言い換えれば、3000人が原発事故によって「殺される」のである。


一方、放射線医学総合研究所によれば、発癌の危険性は100ミリシーベルト放射線量で0.5%程度であるという。
http://www.nirs.go.jp/information/info.php?116
この"0.5%"というマジック・ナンバーは、マスコミやネットで盛んに引用されている。
この数値の根拠はよく分からないが、1990年のBEIR (Committees on the Biological Effects of Ionizing Radiation) の報告によるものと思われる。 http://criepi.denken.or.jp/jp/ldrc/study/topics/20050722.html
しかし、この"0.5%"は、発癌率の上昇を示すものではなく、被曝によって死ぬことになる人の割合である。母集団を被曝した人全員に取ることによって、いかにも小さな値であるという印象を与えている。
そしてまた、上で見たように、最近のいくつかの研究は、もっとずっと大きな値を推定しているのである。

たとえ発癌率が1.1倍になったとしても、その影響は、喫煙による発癌のリスクよりもかなり小さいことは事実である。あるいは、被曝に対する心理的なストレスの方が、よっぽど寿命を縮めるかもしれない。
だが、以上見てきたように、「100ミリシーベルト以下の被曝なら健康に影響しない」などという主張は明らかに言いすぎである。
「100ミリシーベルト以上なら確実に有害、1ミリシーベルト以下なら安全、そして、1から100ミリシーベルトの間はグレーゾーン」というところが妥当なのではないだろうか。


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以下、個人的な感想を綴る。

政府は、意図的に事故の被害を小さく見せかけようとしているように思われてならない。マスコミもまた、それをよく吟味せずに報道している。
基本的に地球上の生物は放射線に弱いと考えるべきであり、その影響はゼロではありえない。
放射性物質の拡散などという事態は、「ちょっとくらいならいい」のではなく、「絶対にあってはならない」のである。

人類が、今回の事故に匹敵するレベルで広範囲に放射線を浴びたことは、人類史上2回しかない。それは、ヒロシマナガサキの原爆と、チェルノブイリである。
(実際には、例えば中国は、ウイグル東トルキスタン)において何十回も地上核実験を行っている。しかし、それらのデータが公表されることはない。)
今、福島や関東で暮らす数千万人の人々は、人類史上に残る壮大な人体実験に参加しているのである。
その影響は、20年、30年経ったときに明らかになるであろう。

なるほど、原子力発電によって、我々は恩恵を被ってきたかもしれない。(宇宙には原子核を結びつけている「強い力」より強い力は存在しないから、原子力が究極のエネルギー源であることは確かである。)
しかし、このような事故を繰り返しているようでは、人類に原子力を利用する資格はない。

一つだけ確かなことは、今回の事故による影響がどれほどのものであったとしても、一番大きな被害を被るのは、まだ人生が始まったばかりの赤ちゃんと子供たちだ、ということである。
次の世代に、汚染された日本しか残せなかった我々大人の責任はあまりにも重い。


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注  放射線医学総合研究所のサイトには以下のように書かれている:
妊婦の方におかれましても、他のみなさま方と同じ対応で問題ありません。放射線量として、100ミリシーベルト以下では胎児への影響(奇形、精神遅滞など)は起こらないと考えられています。また、胎児へのその他の影響(小児期や成人期のがん)については、生活習慣など放射線以外のものを原因として生じる危険性と比べて、現在の状況で住民の方が受ける可能性のある少量の放射線から予測される危険性は遥かに小さいと考えられるため、過度に心配する必要はありません。
この文章をざっと読むと、「100ミリシーベルト以下では胎児への影響は全くない」という印象を得る。しかしよく読んでみると、胎児への影響がないのは奇形と精神遅滞に関してだけで、それ以外の影響はあるということを暗に言っている。胎児へのリスクは少しでも減らすべきなのに、なぜ「他のみなさまと同じ対応」で問題ないのか、その論理は理解しかねる。
('11.3.28/'11.3.30加筆)